認知症

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目次

はじめに

 当院は日本認知症学会認知症専門医・指導医(日本認知症学会ホームページhttp://dementia.umin.jp)として、アンチエイジングを実践する対象の1つとして認知症を重視しています。言うまでもなく、認知症は加齢に伴い増加する最も代表的な疾患です。
 自分は認知症かもしれないと一人で悩んでいらっしゃる方、実際に認知症と診断されこの先どうしたらいいのか途方に暮れておられる方、認知症のご家族を抱えて日々悪戦苦闘していらっしゃる方、そういう皆様に認知症のイロハから専門的な知見に至るまで、タイムリーかつ医学的に正確な情報を提供することを目指しています。
 認知症は必ずしももの忘れから始まるとは限りません。やる気の無さやうつ気分、不眠、性格変化、幻覚妄想、言葉の出にくさ、歩行障害などが初発症状のことも少なくありません。また、進行に伴ってパーキンソニズム、不随意運動、嚥下障害など様々な神経症候が出現します。あるいは甲状腺機能低下症やビタミン欠乏症のような内科疾患が認知症の原因になることもあります。そこで当院ではあえて、“もの忘れ外来”という名称を使いません。認知症に対する誤った思い込みを防ぐためです。
 このような認知症という複雑な病態の全体像を把握するために、第1に一般内科的診察、第2に神経学的診察、そして第3に神経精神科的診察という三段構えの診療を心がけています。当院のような小さなクリニックでそれが可能なのは、当院が日本内科学会総合内科専門医・認定内科医および日本認知症学会認知症専門医・指導医および日本神経学会神経内科専門医および日本脳卒中学会脳卒中専門医さらに日本頭痛学会頭痛専門医だからです。
 認知症患者様を抱えるご家族は本当によく頑張っていらっしゃいますね。私たちはそんなご家族や患者様ご自身の辛さを少しでも深く理解し、身近なパートナーとして一緒に戦っていくクリニックでありたいと思っています。

認知症とは?

 認知症とは認知機能障害を主症候(自覚症状と他覚的徴候)とする一群の病気の総称です。したがって、認知症にはその原因となる元の病気があります。アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症という呼び方をする人もいます)(Alzheimer’s disease AD)、血管性認知症(Vascular dementia VaD)、レビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies DLB)が三大原因と言われていますが、多くの場合複数の病態を合併しているので、どのタイプの認知症だと簡単に鑑別診断できるわけではありません。

 ところで、認知機能障害とか認知機能低下といいますが、そもそも認知または認知機能とはいったい何でしょうか?いくつかの専門書を調べましたが端的に定義したものは私が調べた限りでは見つかりませんでした。それほどひと言では説明しにくい複雑な内容を含んでいますが、一般的には意識や注意力も含めて知的能力全般を指していると私は理解しています。さらに広義には意欲や感情、人格、行動障害まで含めて認知機能障害の領域で扱います。

 注意しなければならないのは、認知機能障害を呈する疾患または状態をすべて認知症と言うわけではないことです。この点について少し混乱があるのではないかと思いますが、これは認知症を鑑別診断する上でとても重要なことです。たとえば、正常老化による認知機能低下、統合失調症や気分障害やストレス関連障害などの他の精神疾患によるもの(または見かけ上の)、病前からの知的障害による認知機能低下などは誤って認知症と診断してはならないものです。

 一方、いわゆる“治せる認知症”(treatable dementia)または“仮性認知症”(pseudodementia)を鑑別しなければなりません。これらは早期に適切な治療を受けるとほぼ完全に治るからです。この中には正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫のような脳外科手術が必要なもの、甲状腺機能低下症やビタミン欠乏症のような内科疾患、頭蓋内外主幹動脈狭窄症による慢性的脳循環不全状態などが含まれます。これらをしっかり見極めるのも内科・神経内科の役割です。

 本来の認知症の基礎疾患は、いずれも何らかの原因で中枢神経系の神経細胞やグリア細胞が傷害され、正常に働かなくなり、やがて細胞が死んでいく病気です。したがって、もの忘れから始まっても、多くの場合(基礎疾患により異なりますが)やがてはその他の認知機能障害(失語、失行、失認、実行機能障害など)、心理・行動障害(BPSDと総称されます)、神経症候(運動麻痺、知覚鈍麻、歩行障害、不随意運動、けいれんなど)、内科的諸症状(嚥下障害、尿便失禁、栄養障害など)など多面的な症状を呈してきます。ですから、患者さんの病状、進行程度に応じた適切な対応が求められます。

血管性認知症

 血管性認知症(Vascular Dementia VaD)は脳梗塞や脳出血など脳血管障害によって発症した認知症の総称です。その頻度は日本ではアルツハイマー病についで2番目に多いとされます。VaDの過半数を占める多発ラクナ梗塞性認知症は、穿通枝動脈や髄質動脈といった小血管が閉塞し、主として前頭葉白質、基底核、視床、内包などに多発性にラクナ梗塞が生じた結果発症する認知症です。

 VaDの第1の特徴は、アルツハイマー病(AD)で典型的に見られるようなもの忘れ(近時記憶障害)より、むしろ注意障害、実行機能障害、獲得した知識や技術の利用障害、ワーキングメモリーの障害、記銘力障害、意欲の低下、抑うつ気分、感情失禁、易怒性、気分易変性、初期からの幻覚妄想、夕暮れ症候群、夜間せん妄が目立つ傾向があります。時間をかければある程度カバーできるので、MMSEなど通常のスクリーニング検査では正常範囲の点数を取るために認知症を見逃され、単に老年性うつ病と診断されてしまう可能性があります。

 第2の特徴は、初期から神経症候を認めることです。障害される脳の部位に応じて、片麻痺や歩行障害、言語障害や嚥下障害、強制泣き・笑い、血管性パーキンソニズム、尿失禁や頻尿などを伴います。

 第3の特徴は、高血圧症、糖尿病、脂質異常症、喫煙、大量飲酒など動脈硬化の危険因子を持っており、虚血性心疾患や心房細動、閉塞性動脈硬化症など全身的動脈硬化性疾患を合併している人が多いことです。とりわけ、高血圧症が血管性認知症の最大の危険因子です。

 このように特徴を挙げるとVaDとADは全く異なる病気のように聞こえますが、最近の研究で明らかになってきたようにその背景は実はかなり重複しています。現実には大なり小なり血管性認知症とアルツハイマー病を合併している人がほとんどですから両者を簡単に鑑別できません。また、次に述べるように治療法も基本的に共通していますので必ずしも鑑別する必要もないと考えています。

 治療法は、まず第一に脳血管障害の進展を予防することです。それは認知症を持たない脳血管障害患者さんと同様ですが、VaDの人では薬に対する耐用力が低下しているので副作用が出やすい点に注意が必要です。
次に最近ではコリンエステラーゼ阻害薬も使用します(保険適応外)。この薬は今でもADにしか保険適応がありませんが、実際にはVaDにも効果があるいう研究結果が蓄積しつつあります。さらに、患者さんの症状に応じて適宜向精神薬を使用しながらQOLの改善をめざします。薬物療法にのみ頼らず、生活習慣とくに睡眠習慣や食習慣の改善、定期的な運動が重要です。また、家族や周囲の人の接し方によっても症状が大いに左右されますのでその指導もします。一般に認知症患者さんは自分自身のホメオスタシスを維持しにくく被影響性の亢進が見られるからです。

認知症サポート医は必要か?

 高齢化社会が進行する日本にあって今後ますます増加すると予測される認知症に対応すべく、厚労省は5年ほど前から“認知症サポート医”なる資格を新設し、かかりつけ医と認知症疾患医療センターあるいは地域包括支援センターとの橋渡し役として、認知症にかかわる地域医療体制構築の中核を担うシステムを構築しようとしています。これによって専門医およびかかりつけ医双方の負担が軽減され、認知症患者は適切な医療福祉サービスを享受でき、貴重な社会資源を効率的に配分できるというのがその理由です。この“認知症サポート医”は原則何科の医師であっても構わず、医師会から推薦を受けた医師が数回の講習を受けて認定されるようです。
 
 私は、こんな馬鹿げた政策はない、と思っています。そこに描かれている図は認知症の臨床をまったく知らないお役人とそれにスリ寄る御用学者の絵空事です。当院のホームページでも紹介しているように、認知症という病気は症状の点でもまた進行経過の点でも非常に複雑な病態であり、素人が数回の講習を受けた位でその病態を理解し、対処法を修得できるような単純なものではありません。サポートするなどおこがましいにも程があります。日々真剣に認知症と向き合って悪戦苦闘している臨床家(専門医であろうとかかりつけ医であろうと)を愚弄するものです。厚労省の“認知症サポート医”だけではありません。某かの組織・団体などが主催する認知症講習会の広告も最近よく見かけますがこれらも同様です。浅薄な似非専門家が跳梁跋扈して臨床現場を混乱させ、貴重な税金と社会資源を浪費し、患者さん自身やご家族にかえって不利益をもたらすに過ぎません。

 

 大切なことは、認知症に関わるすべての人がまず、認知症とは何か、ということをもっとよく勉強することです。そして、真の認知症専門家(すべての神経内科専門医や精神科専門医が必ずしも認知症を専門としているわけではありません)がもっと育成され、基礎研究および臨床でリーダーシップを取ることではないでしょうか。日本認知症学会はそういう活動をしっかり進めて頂きたいと願っています。真の認知症専門家のリーダーシップの下で関係者が協力し合うならば専門家はそれほど多くは必要ないものです。
 

プラズマローゲンが脳をまもる

プラズマローゲンはすべての組織に存在するリン脂質*の一種で、人のリン脂質の約18%を占めます。そのうち脳ではエタノラミンプラズマローゲンが多く、心筋や骨格筋にはコリンプラズマローゲンが多いという特徴があります。人が生きていくのに無くてはならないものですが、その中でも脳、特に学習と記憶に関わる海馬と前頭葉にはプラズマローゲンがとりわけ豊富に存在し、重要な働きをしていると考えられています。一方、アルツハイマー病の脳では、海馬と前頭葉においてプラズマローゲンが選択的に減少しているという研究報告があります(Ginsberg L. et al: Brain Res 698, 223-226, 1995など)。
 九州大学名誉教授藤野武彦先生が提唱されている脳疲労仮説によれば、プラズマローゲンは酸化ストレスや神経炎症**といったさまざまな攻撃から脳を守るために平素から体内で合成されているのですが、脳が慢性的に過剰な攻撃にさらされるとプラズマローゲンが不足し、脳が疲労してしまいます。その結果、正常な神経機能を発揮できなくなり認知症、うつ病、不眠など、さらには身体の不調まで発症してくると考えられるのです。
 脳が疲労してしまう前に、自前ではまかない切れなくなったプラズマローゲンをサプリメントとして補充することの有効性を示す科学的証拠が、現在ますます集まりつつあります。

          *リン脂質とは、複合脂質の1種で脂肪酸とアルコール以外にリン酸残基を含む
    脂質のことですべての細胞は脂質二重膜からなりリン脂質はその主要成分です。


           **神経炎症とは、脳内においてグリア細胞の活性化による種々のサイトカインや
           活性酸素などのフリーラジカルの産生が亢進した病態で、アルツハイマー病を始め
           多くの神経変性疾患で観察されます。


クリニックにはこの他にもプラズマローゲンに関するパンフレットおよび試供品をご用意しております。
ご質問、ご興味のある方はお気軽にご相談にお出でください。

プラズマローゲンにはどんな働きがあるの?

 脳は、あたかもパソコンの半導体集積回路のように神経細胞から伸びた突起を配線とする無数の神経回路から成り立ち、その回路に電気信号を回すことで複雑な運動を成し遂げ、繊細な感覚を感じ、意識や記憶や思考といった高度の認知機能を発揮し、喜びや悲しみや怒りや恐れなどの感情を実感することができます。
 この神経突起を何重にも密に取り囲んで絶縁体として働いている膜状構造物をミエリン(髄鞘)と呼びます。イメージとしては中心棒の周りにバームクーヘンが作られていく様子に似ています。ただ、それは導線を覆うビニール管のように神経突起全体を覆っているのではなく一定の間隔を開けており(この隙間をランビエ絞輪と呼びます)、この隙間でしか活動電位を発生させることができません。ゆえに、ミエリンで覆われた神経突起では活動電位はランビエ絞輪の部分のみを経由して飛び飛びに伝わります。このような現象を跳躍伝導と呼び、ミエリンの存在によって伝導速度の上昇が可能となります。つまり、神経回路の情報伝達が格段に速くなります。例えていうなら新幹線と各駅停車の違いです。さらに、ミエリンは単に跳躍伝導に寄与するだけでなく、神経細胞との間で緊密な相互作用を通してさまざまな神経機能を調節しています。
 このとても重要なミエリンは脂質に富んだ構造物でありその主要成分がプラズマローゲンなのです。ですから、プラズマローゲンが不足するとミエリンが正しく作られず脳が十分に機能を発揮できなくなるわけです。実際、ヒトでプラズマローゲンの合成に必要な酵素を遺伝的に欠損すると、肢根型点状軟骨異形成症という病気になることが知られています。この病気ではプラズマローゲンを合成できないために、関節点状石灰化、精神運動発達遅滞、白内障、末梢神経障害などを発症しますが、ミエリン形成異常が報告されています(1−3)。
 プラズマローゲンは細胞の中でペルオキシソームおよび小胞体という細胞内小器官に局在する酵素により全7段階を経て合成されます。合成されたプラズマローゲンは細胞膜(とくにリピッドラフトに濃縮されて存在する)、ミトコンドリア、小胞体、エンドソームなどに分布します。プラズマローゲンは、ミエリンで機能する以外にも抗酸化作用、神経炎症の制御、神経細胞死の抑制、生体膜の流動性の調節、多価不飽和脂肪酸(EPAやDHAなど)の貯蔵とセカンドメッセンジャーの放出、コレステロール代謝の調節など多くの重要な生理機能を持つと想定されています。このように、プラズマローゲンは多面的な役割を演じて脳を老化や認知症から護っているのです。

プラズマローゲンについてもっと詳しく知りたい方は『プラズマローゲンを詳しく知りたい人のために』をぜひご覧下さい。

 1. Braverman N. E. and Moser A. B. Biochim. Biophys. Acta. 1822 (2012) 1442-1452.
 2. Sztriha L. et al. Dev. Med. Child Neurol. 42 (2000) 492-495.
 3. Bams-Mengerink A. M. et al. Neurology 66 (2006) 798-803.

プラズマローゲンを詳しく知りたい人のために−1 

プラズマローゲンとは

 プラズマローゲンと言われても皆さんの大部分の方は初めて耳にする言葉だと思います。プラズマローゲンとはいったい何か、をはじめに説明しましょう。

プラズマローゲンとは

 プラズマローゲンはグリセロリン脂質と呼ばれる脂質の1種であり、細胞を構成する生体膜(脂質二重膜)の主要成分の1つです。ヒトでは全身のリン脂質の約18%がプラズマローゲンであると推定されています。生体膜を作れないとそもそも生物は存在できませんから、プラズマローゲンは非常に大切な物質です。

 プラズマローゲンは脳、心臓、骨格筋に特に多く含まれ、リンパ球やマクロファージなどの白血球にもたくさん存在します。さらに精子にも豊富です。ところが、酸化ストレス、炎症、感染や外傷、神経変性、老化といった種々のストレスにさらされるとプラズマローゲンが減少します。たとえば、健康なヒトの脳では学習と記憶に関係の深い海馬や前頭葉にはプラズマローゲンがたくさん含まれていますが(海馬の総リン脂質の約30%がプラズマローゲンです)、アルツハイマー病患者さんでは対照群に比べてプラズマローゲンが有意に減少していることが知られています(1)。血液中のプラズマローゲンも減少しており、その減少の程度と認知症の重症度が相関することも報告されています(2)。したがって、プラズマローゲンをサプリメントとして外から体内に補うのは、人工物を摂取するのではなく、もともと自分自身の身体に備わっていたものが不足してしまったのでそれを補充するということです。

実際に、ホタテ由来プラズマローゲンをサプリメントとして軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー病患者さんに6ヶ月間経口摂取していただきその効果を調べる臨床試験が行われました。その結果、軽度アルツハイマー病患者さんのグループで記憶障害の有意な改善が認められ、とりわけ77歳以下の女性アルツハイマー病患者さんのサブグループでその効果が顕著でした。また、全例で重篤な副作用を認めませんでした(3)。

 以下に詳しく説明するように、プラズマローゲンは様々な作用(神経炎症の抑制、ミエリンの形成促進・機能維持、あるいは神経細胞の発達・修復・再生)を通じて脳機能を改善し、アルツハイマー病などの認知症や正常老化に伴う認知機能低下の予防、改善効果を発揮することが可能です。これは現在、認知症治療薬として保険適応が認められているコリンエステラーゼ阻害薬やメマンチン(NMDA受容体阻害薬?)とは全く別の新しいメカニズムによるものです。皆様もぜひ、この新しい可能性をご自身で実感してみてください。

プラズマローゲンを詳しく知りたい人のために−2

プラズマローゲンの働き

 プラズマローゲンの生理機能として抗酸化作用、膜流動性の調節、多価不飽和脂肪酸の貯蔵とセカンドメッセンジャーの生成・放出、ミエリンの形成促進・機能維持、コレステロール生合成の制御、神経炎症や神経細胞死の制御などこれまでにも多くの役割が示されて来ましたが、全貌はまだ明らかになっていません。それほど多面的な機能を持った生体にとってなくてはならない非常に重要な物質だと言えるでしょう。その中でも、①ミエリンの形成促進・機能維持と②神経炎症の制御はとりわけ注目に値しますので詳しく説明しましょう。

プラズマローゲンの働き


ミエリンの形成促進・機能維持

 脳は、あたかもパソコンの半導体集積回路のように神経細胞から伸びた突起を配線とする無数の神経回路から成り立ち、その回路に電気信号を回すことで複雑な運動を成し遂げ、繊細な感覚を感じ、意識や記憶や思考といった高度の認知機能を発揮し、喜びや悲しみや怒りや恐れなどの感情を実感することができます。


この神経突起を何重にも密に取り囲んで絶縁体として働いている膜状構造物をミエリン(髄鞘)と呼びます。イメージとしては中心棒の周りにバームクーヘンが作られていく様子に似ています。ただ、それは導線を覆うビニール管のように神経突起全体を覆っているのではなく一定の間隔を開けており(この隙間をランビエ絞輪と呼びます)、この隙間でしか活動電位を発生させることができません。ゆえに、ミエリンで覆われた神経突起では活動電位はランビエ絞輪の部分のみを経由して飛び飛びに伝わります。このような現象を跳躍伝導と呼び、ミエリンの存在によって伝導速度の上昇が可能となります。つまり、神経回路の情報伝達が格段に速くなります。例えていうなら新幹線と各駅停車の違いです。さらに、ミエリンは単に跳躍伝導に寄与するだけでなく、神経軸索との緊密な相互作用を介してさまざまな神経精神機能を調節しています。

このとても重要なミエリンは脂質に富んだ構造物でありその主要成分がプラズマローゲンです。脳に含まれるプラズマローゲンの量はミエリン形成の程度と相関します。たとえば、ヒトが生まれて最初の1年間に複雑な神経ネットワークが作られていきますが、この間に大脳白質に含まれるプラズマローゲンの量はなんと8倍にもなります。ですから、プラズマローゲンが不足するとミエリンが正しく作られず、脳が十分に発達できずに機能を発揮できなくなるわけです。

実際、ヒトで遺伝子異常のために生まれつきプラズマローゲンを合成できないと、肢根型点状軟骨異形成症という病気になることが知られていますが、この患者さんではミエリン形成不全を生じます(4)。またプラズマローゲンを欠損させたモデルマウスの実験から、ペルオキシソーム病を呼ばれる一群の疾患で認められる超長鎖脂肪酸の蓄積によって引き起こされるミエリンの消失(脱髄)、神経軸索損傷、グリア細胞増殖といった種々の障害からプラズマローゲンが神経系を保護することが示唆されています(5)。さらに、末梢神経系においてミエリン形成を司るシュワン細胞の正常な発生と分化、ミエリン形成と維持にプラズマローゲンが必須であり、細胞内情報伝達の制御因子として働くことが証明されています(6)。したがって、プラズマローゲンを十分摂取することはミエリンを維持し脳を正常に働かせるためにとても重要なのです。

プラズマローゲンを詳しく知りたい人のために−3

プラズマローゲンの働き

神経炎症の制御

 一般に神経炎症(neuroinflammation)とは、外来病原微生物による脳炎などの急性感染症や外傷、多発性硬化症や自己免疫関連脳炎などのある種の自己免疫疾患、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患などの際に見られるグリア細胞の活性化を引き金に、神経細胞や白血球や血管系構成細胞など多様な細胞を巻き込んだ一連の複雑な生体反応を総称した言葉です。そこにはポジティブな側面とネガティブな側面があります。

神経炎症の制御
 中枢および末梢神経系に外的あるいは内的刺激が加わると、おそらく最初にミクログリアが活性化され増殖するとともに種々の炎症性サイトカイン(IL-1β, TNFα, IL-6など)や神経障害因子(ROSなど)を放出し、他の細胞と協働して障害された部位を清掃します。これは一面では組織を破壊することにもつながりますからこのままでは組織は壊れたままです。そこで他方では、活性化ミクログリアやそれにより二次的に活性化した他の細胞が種々の神経保護因子(TGFβ, BDNF,IGF-1など)を分泌し組織の修復、再生を促します。このように神経炎症は、プラスとマイナスの両面が微妙なバランスを保ちながら有害な刺激から神経系を護る生体反応ですが、そのバランスが崩れると好ましくない反応が進み病気が進行することもあります。

 
もちろん炎症反応は神経系に限った現象ではありませんが、神経炎症では関与する役者が多く反応が複雑なこと、そもそも神経系が司る生理機能が極めて精巧に調節されているので炎症反応の効果が時間的空間的に広範囲に及ぶことなどから、神経炎症は様々な神経・精神疾患に関わる病態の基盤としてとても注目を集めています。最近では、反復社会挫折ストレスによる抑うつ状態を示すモデルマウスにおいて、ミクログリアの自然免疫受容体TLR2/4を介する神経炎症が抑うつ状態を誘導することが明らかにされました(7)。ヒトのある種のうつ状態でも同様のメカニズムが働いていると推測されます。

 ところで、アルツハイマー病の真の原因や病態はまだ解明されていない点が多いのですが、少なくともアミロイドβ(Aβ)の蓄積(過剰産生および排出障害)が関与していることは確かなようです。このAβの蓄積に神経炎症が密接に関係しています。たとえば、グラム陰性菌由来のエンドトキシンであるリポポリサッカライド(LPS)を動物に投与するというのが神経炎症を実験的に誘導する代表的な研究手法の1つですが、成熟マウスの腹腔内にLPSを投与すると脳内でグリア細胞の活性化やAβ蓄積が起こるとともに、海馬や前頭葉の内因性プラズマローゲンが減少することが明らかになりました。これには炎症刺激で細胞内に誘導されるNFκBという転写調節因子がプラズマローゲン合成酵素の1つであるGNPAT(後述)の発現を抑制することが関与しています。さらに、プラズマローゲンが減少すること自体が神経炎症を増幅させるのです(8)。ところが興味深いことに、LPSとプラズマローゲンを同時に投与すると、このグリア細胞の活性化やAβ蓄積が抑制されたのです(9)。これは逆に、プラズマローゲンがNFκBの核内移行を阻害する能力を持つことによるようです。すなわち、NFκBという炎症反応の主役とプラズマローゲンがお互いに抑制し合うという密接な関係にあるわけです。これは、プラズマローゲンが神経炎症の制御にいかに重要な役割を演じる物質であるかをまさに示していると言えるでしょう。実際にこのモデルマウスにプラズマローゲンを経口投与したところ認知症の改善が認められるのです(10)。

 
他方、プラズマローゲンは神経炎症を制御するのみならず、タンパクリン酸化酵素(AKT, ERK)の活性化を介してcAMP応答配列結合タンパク(CREB)を活性化し学習と記憶に関与したり、たとえば脳由来神経栄養因子(BDNF)の産生を促して神経細胞の発達、修復、再生に貢献したり、ミトコンドリア依存性経路による神経細胞死(アポトーシス)を抑制するといった役割も果たすことが示唆されています。したがって、プラズマローゲンを十分摂取することは有害な攻撃から脳を護り正常に働かせるためにとても重要なのです。

プラズマローゲンを詳しく知りたい人のために−4 

プラズマローゲンの構造と生合成

 最後に、今まで述べてきたプラズマローゲンの重要性をより深く理解していただくために、やや専門的になりますがプラズマローゲンの構造と生合成過程を簡単に説明します。少し複雑ですが興味のある方はぜひ読んで下さい。

プラズマローゲンの構造と生合成

プラズマローゲンの構造

 プラズマローゲンは通常のグリセロリン脂質であるジアシル型とは異なる重要な特徴を持っています。図1を見て下さい。プラズマローゲンではグリセロール骨格の1番目(sn-1)にビニルエーテル結合(-O-CH=CH-)でつながれた脂肪族アルコールが入ります。そのためグリセロール骨格の2番目(sn-2)に入るアシル基が折れ曲がらず真っ直ぐに配向されるので隣り合うプラズマローゲンのアシル基同士が膜の中でより近接して存在することが可能になり、その結果、膜の流動性を下げることができます。また、(sn-1)のビニルエーテル結合(-O-CH=CH-)には炭素と2重結合した酸素(-CO-)が含まれないので親水性が高まり、隣り合うプラズマローゲンのグリセロール骨格の3番目(sn-3)に結合するヘッドグループ(Head group)間の水素結合を強化することができます。このような構造的特徴のおかげで、プラズマローゲンを大量に含むミエリンが安定になり神経軸索の周囲にコンパクトにしっかり接着することができると考えられます。

プラズマローゲンの構造 図1(レオロジー機能食品研究所のホームページより転載)


 ビニルエーテル結合(-O-CH=CH-)が活性酸素に反応性が高いことから、プラズマローゲンには抗酸化作用があり、この酸化物が細胞に過酸化反応がさらに拡大するのを防ぎます。グリセロール骨格の2番目(sn-2)にAA(アラキドン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)などの多価不飽和脂肪酸を多く含み(11)、そこからプロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンといった細胞内シグナル伝達にかかわるセカンドメッセンジャーを産生、放出します(図2参照)。EPAやDHAのn-3系多価不飽和脂肪酸からは主に抗炎症作用を持った物質が産生されますので、慢性的に酸化ストレスや炎症にさらされる脳ではEPAやDHAの需要が高まります。ところが、ヒトの脳ではこれらをほとんど合成できないので食事として外から十分摂取する必要があります。遊離あるいはトリグリセライド(中性脂肪)に結合したEPAやDHAよりもプラズマローゲンのようなリン脂質に結合したEPAやDHAの方が脳に取り込まれやすいことが知られています(12)。

プラズマローゲンの構造
図2 ホタテプラズマローゲンは鶏プラズマローゲンに比べてDHAやEPAを多く貯蔵する(レオロジー機能食品研究所のホームページより一部改変)

プラズマローゲンの生合成

 次にプラズマローゲンの生合成過程を見ておきましょう。プラズマローゲンはペルオキシソームと小胞体に局在する酵素により7段階の反応を経て合成されます。このうち合成の第1段階(ジヒドロキシアセトンリン酸から1-アシルジヒドロキシアセトンリン酸をつくる)を触媒する酵素(GNPAT)および第2段階(1-アシルジヒドロキシアセトンリン酸から1-アルキルジヒドロキシアセトンリン酸をつくる)を触媒する酵素(AGPS)が特に重要です。この最初の2段階の反応がペルオキシソームで行われ、その後小胞体に移動して残りの反応が進みます。小胞体で完成したプラズマローゲンはそこからさらに細胞膜やミトコンドリア膜にも運ばれ種々の機能を果たします。

GNPAT、AGPS、AGPSをペルオキシソームに運ぶために必要なタンパク質PEX7、さらにプラズマローゲンの合成に関わるその他のタンパク質2種類、合計5種類のタンパク質がヒトで生まれつき正常に機能しないと、すなわちプラズマローゲンを体内で正常に合成できないと、前述したように肢根型点状軟骨異形成症という病気になります。この病気は関節点状石灰化、精神運動発達遅滞、ミエリン形成異常、白内障などの症状を示します。現在、肢根型点状軟骨異形成症は1型から5型まで知られていますが、PEX7欠損が1型、GNPAT欠損が2型、AGPS欠損が3型に対応します。

参考文献

1. Ginsberg L. et al. Brain Res. 698 (1-2) (1995) 223-226.
2. Oma S. et al. Dement. Geriatr. Cogn. Disord. Extra. 2 (2012) 298-303.
3. Fujino. T. et al. EBioMedicine 17 (2017) 199-205.
4. Bams-Mengerink A.M. et al. Neurology 66 (2006) 798-803.
5. Brites P. et al. Brain 132 (2009) 482-492.
6. da Silva T.F. et al. J. Clin. Invest. (2014) 2560-2570.
7. Nie X. et al. Neuron 99 (2018) 464-479.
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9. Ifuku M. et al. Neuroinflammation 9 (2012) 197.
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11. Abe Y. et al. Biochim. Biophys. Acta. 1841 (2014) 610-619.
12. Rossmeisl M. et al. PlosOne (2012) e38834.

ホタテ・プラズマローゲン

疲れた脳にはホタテ・プラズマローゲンが効果的

 プラズマローゲンには多価不飽和脂肪酸が結合していますが、ホタテ・プラズマローゲンはアラキドン酸(AA)よりもエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)をずっと多く含むことが特徴です。EPAやDHAという名前はおそらく耳にされたことがあるでしょう。そう、イワシやサンマなどの魚油に豊富に含まれるサプリメントの定番ですね。アラキドン酸とEPAはどちらも強力な生理活性脂質エイコサノイドの前駆体ですが、アラキドン酸からは主に、不整脈を起こしたり、血管を収縮したり、炎症を促進する物質が産生される一方、EPAからはアラキドン酸の作用を抑制し、血管を拡張し、抗炎症作用を発揮する物質が産生されます。しかし人の脳ではEPAやDHAがほとんど合成されないので不足しやすく食餌として摂取しなければなりません。特に慢性的に酸化ストレスや炎症に暴露されて疲労した脳ではその摂取はとりわけ重要ですが、遊離したEPAやDHAよりもプラズマローゲンのようなリン脂質に結合したEPAやDHAのほうが脳に取り込まれやすいことが知られています。つまり、ホタテ・プラズマローゲンを摂取すると、プラズマローゲンとともにEPAやDHAも効率的に摂取できるのです。まさに一石二鳥ですね。

ホタテ・プラズマローゲン カプセル(1日量2粒あたり1,000μg配合)((株)ビーアンドエス・コーポレーション)
1日2回、朝食・夕食後に1粒ずつお飲み下さい。

価格  1箱あたり230mg X 60粒(1ヶ月分) 8,000円(税抜)

プラズマローゲンにはどんな働きがあるの?

 脳は、あたかもパソコンの半導体集積回路のように神経細胞から伸びた突起を配線とする無数の神経回路から成り立ち、その回路に電気信号を回すことで複雑な運動を成し遂げ、繊細な感覚を感じ、意識や記憶や思考といった高度の認知機能を発揮し、喜びや悲しみや怒りや恐れなどの感情を実感することができます。
 この神経突起を何重にも密に取り囲んで絶縁体として働いている膜状構造物をミエリン(髄鞘)と呼びます。イメージとしては中心棒の周りにバームクーヘンが作られていく様子に似ています。ただ、それは導線を覆うビニール管のように神経突起全体を覆っているのではなく一定の間隔を開けており(この隙間をランビエ絞輪と呼びます)、この隙間でしか活動電位を発生させることができません。ゆえに、ミエリンで覆われた神経突起では活動電位はランビエ絞輪の部分のみを経由して飛び飛びに伝わります。このような現象を跳躍伝導と呼び、ミエリンの存在によって伝導速度の上昇が可能となります。つまり、神経回路の情報伝達が格段に速くなります。例えていうなら新幹線と各駅停車の違いです。さらに、ミエリンは単に跳躍伝導に寄与するだけでなく、神経細胞との間で緊密な相互作用を通してさまざまな神経機能を調節しています。
 このとても重要なミエリンは脂質に富んだ構造物でありその主要成分がプラズマローゲンなのです。ですから、プラズマローゲンが不足するとミエリンが正しく作られず脳が十分に機能を発揮できなくなるわけです。実際、ヒトでプラズマローゲンの合成に必要な酵素を遺伝的に欠損すると、肢根型点状軟骨異形成症という病気になることが知られています。この病気ではプラズマローゲンを合成できないために、関節点状石灰化、精神運動発達遅滞、白内障、末梢神経障害などを発症しますが、ミエリン形成異常が報告されています(1−3)。
 プラズマローゲンは細胞の中でペルオキシソームおよび小胞体という細胞内小器官に局在する酵素により全7段階を経て合成されます。合成されたプラズマローゲンは細胞膜(とくにリピッドラフトに濃縮されて存在する)、ミトコンドリア、小胞体、エンドソームなどに分布します。プラズマローゲンは、ミエリンで機能する以外にも抗酸化作用、神経炎症の制御、神経細胞死の抑制、生体膜の流動性の調節、多価不飽和脂肪酸(EPAやDHAなど)の貯蔵とセカンドメッセンジャーの放出、コレステロール代謝の調節など多くの重要な生理機能を持つと想定されています。このように、プラズマローゲンは多面的な役割を演じて脳を老化や認知症から護っているのです。

プラズマローゲンについてもっと詳しく知りたい方は『プラズマローゲンを詳しく知りたい人のために』をぜひご覧下さい。

 1. Braverman N. E. and Moser A. B. Biochim. Biophys. Acta. 1822 (2012) 1442-1452.
 2. Sztriha L. et al. Dev. Med. Child Neurol. 42 (2000) 492-495.
 3. Bams-Mengerink A. M. et al. Neurology 66 (2006) 798-803.

 

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